角渕八幡宮(玉村町)

角渕八幡宮

角渕八幡宮は鎌倉時代のはじめ、建久4年(1193年)源頼朝が那須野で狩りをした帰りに角渕で休み、烏川の風景が鎌倉の由比ヶ浜に似ていることで、後に奉行として上野国に入った足立盛長に命じて鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を勧請したことがはじめとされます。

中世の戦火に焼かれるまで、薬師堂をはじめ塔樓(とうろう)数棟、栄華を誇り、その後、応永18年(1411年)に関東管領畠山満家、永正4年(1507年)に白井城主長尾憲景の家臣吉里対馬入道が修理したとされています。

角渕八幡宮境内

後の江戸時代はじめに、関東郡代伊奈備前守忠次が滝川用水をひいて新田開発に成功し、慶長15年(1610年)に荒廃した角渕八幡宮の社殿を玉村の上新田と下新田の境に移築修造し玉村八幡宮と名を改め祀りました。現在の角渕八幡宮の本殿は、一間社流れ造りで、江戸時代後期に建てられてものです。

角渕八幡宮本殿

観光地・施設情報

所在地群馬県佐波郡玉村町角渕
お問合せ先
電話番号
料金なし
時間常時
定休日なし
駐車場駐車スペースあり
トイレ
自販機
売店
その他
角渕八幡宮

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