清水寺 アジサイ約300株(高崎市)

華蔵山 弘誓院 清水寺

清水寺(真言宗豊山派の寺)は、大洞3年(808年)、征夷大将軍 坂上田村麻呂が、蝦夷(えぞ)征討の兵士の健勝と武運長久を祈り、京都東山の清水寺から勧請、開基したと伝えれれています。本尊は千手観音。

清水寺のアジサイ

清水寺の石段に咲くアジサイ
清水寺参道のアジサイ

清水寺の参道の石段両側には約300株のアジサイが6月中旬から下旬にかけて咲き誇ります。

清水寺の算額と絵馬(市文化財)

清水寺の大悲閣(だいひかく)と呼ばれる観音堂には、高崎市の文化財に指定される絵馬と算額があります。絵馬は、狩野派6代光信の弟尚信(木挽町狩野家)の子狩野常信の絵で、高崎城主安藤対馬守重博(重孝)が元禄5年(1692年)年に奉納したもので、算額は、「関流小野良佐源栄重門人 上毛群馬郡板井村 斎藤四方吉藤原宣長」と署名された、文化12年(1815)年10月に奉納されたものです。

高崎藩士の木像

高崎藩士の木像を納める田村堂
下仁田戦争で戦没した高崎藩士の木像

境内の田村堂には下仁田戦争で戦没した高崎藩士の木像が安置されています。下仁田戦争とは、尊王攘夷を旗印に水戸藩において挙兵した天狗党の残党が、在京の徳川慶喜(徳川幕府15代将軍)へ進言するため上州を通った折、幕命を受けて出兵した高崎藩と下仁田で交戦となったものです。この時、高崎藩は天狗党に敗退し、高崎藩士31名を含む36名が戦没しました。

高崎藩士の木像は、戦後、戦没した藩士の遺体を引き取りに向かった高崎藩に同行し、死を悼んだ清水寺田村仙岳和尚が安置したものです。当時のお堂は傷みが酷く、現存のお堂は、1914年の下仁田戦争50年祭を機に、旧高崎藩士、戦没者遺族、有志の寄付により建替えられ、その折、征夷大将軍 坂上田村麻呂に因んで「田村堂」と命名されました。

観光地・施設情報

所在地群馬県高崎市石原町2401
お問合せ先清水寺
電話番号027-323-3214
料金なし
時間アジサイ開花時期:6月中旬~下旬頃まで 参拝時間は自由
定休日なし
駐車場清水寺参拝者専用駐車場あり、または観音山頂有料駐車場(普通 430円/大型 750円)を利用
トイレあり
自販機
売店
その他

【アクセス】

  • 車利用:
    関越自動車道「高崎IC」から約 25分
  • 電車利用:
    JR高崎線「高崎駅」西口からぐるりん観音山線片岡先回りで「石段下」下車(約16分)

【備考】

清水寺参拝者専用駐車場は、観音山頂有料駐車場のバス停側にあるコーヒーショップ前を細い路地へ進み、「清水寺」と「観音山霊園」の看板を通り過ぎて、更にしばらく進むとあります。ただし、道幅も狭く走行に注意が必要。

観音山頂有料駐車場は開門/閉門時間があります。

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