亀岡の銅蔵(太田市)

銅山街道(あかがね街道) 亀岡の銅蔵

亀岡の銅蔵(高木家所有)は、江戸時代、幕府の御銅蔵として使用された間口三間、奥行二間、当時の屋根瓦は板葺で、現在、瓦葺であるものの当時の原形をほぼたもっています。

慶長15年(1610)、足尾の山中にて銅鉱が発見されると、幕府は、慶安元年(1648)銅山奉行を置きそれを直轄して、採掘と精錬を行いました(製品は御用銅(または御銅)と呼ばれた。)

御銅は、足尾、沢入、花輪、桐原(現みどり市大間々)、大原本町、亀岡と宿駅を人馬により輸送したあと、舟で利根川を下り、江戸浅草の御蔵まで運ばれました。この足尾から利根川河岸までの陸路は、銅山街道またはあかがね街道と呼ばれ、宿駅には、御銅問屋が任命され、銅蔵が設けられました。その1つが高木家所有の銅蔵で、当時の貴重な文化遺産といえます。

観光地・施設情報

所在地群馬県太田市亀岡町
お問合せ先
電話番号
料金なし
時間外観のみ常時
但し、個人宅内となりますので、庭先等への立ち入りの際は、許可を得てください。
定休日なし
駐車場なし
トイレなし
自販機なし
売店なし
その他敷地に隣接する道から外観をご覧いただけます。
亀岡の銅蔵

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